2022.5.5 驚異的な底力 三度起こった魔法の夜 vsマンチェスターシティ

 

 ”Ontra noche magica, el rey Europa”(ヨーロッパの王 もう一つの魔法の夜を)チャンピオンズリーグのアンセムが流れる中、ベルナベウの大観衆は入場するマドリーイレブンに逆転勝利への期待を示した。

 4月29日にリーグ優勝の歓喜に包まれたベルナベウは、数日の間に決戦の舞台へと豹変した。完璧なエスパニョール戦で大満足の観衆だが、逆転突破にはそのベルナベウの観衆の力が不可欠だ。

 マドリーはカゼミーロが復帰し、クロース・モドリッチとともにトリオを形成する。CBはミリトンとアラバのコンビが組んだ。右サイドにはフェデが入った。シティはカンセロが左サイドバックに、ウォーカーが右サイドバックに復帰した。

 

 

 開始から勢いを持ったのはマドリーだった。4分には左サイドで作り、右サイドに展開。サイドチェンジのボールを受けたカルバハルがクロス。ベンゼマがフリーで合わせた。11分にも左サイドで作って右に展開。カルバハル、フェデとつないで高速クロスにベンゼマが右足で合わせた。

 しかし流れは徐々にシティに。20分にはデブルイネの空間を使うパスを受けたベルナルドシウバが抜け出してシュート。22分には左サイドのクロスから、ジェズスがミドルシュート。20分過ぎからシティに主導権を握られ、デブルイネがパスセンスを生かすシーンや、マフレズがカットインして左足を使うシーン、左右に振られ後手を踏むシーンが続く。

 それでもマドリーは、今やもうパリとの一戦目の時のようなチームではない。ボールがGKエデルソンまで下がるとプレッシングをかけマイボールにする。全体が活動量を持ち、前線からの激しいプレスで、なんとか厳しい時間を終わらせた。その後前半は、どちらも決定的なシーンは作らせず、堅いながらも、一瞬でも気を抜けばスコアが動きそうな、息つく暇もない試合が続いた。

 この試合のポイントはヴィニシウス対ウォーカーだった。速さと強さを持つウォーカーを相手にヴィニシウスは劣勢だったといえるだろう。15分裏をとりかけたがウォーカーに追いつかれる。36分モドリッチの裏へのボールを競争した際は、スピードでどちらも譲らず並走するも、タックルでウォーカーに軍配が上がる。39分にはフォーデンの強烈シュートをクルトワがセーブし、そこからテンポよくつないで左サイドに展開。良い状態でヴィニシウスが受け、ウォーカーを振り切りかけるも、なんとか食いつかれスライディングでカットされた。

 前半、支配率は五分五分。シュート数は同数だったものの枠内シュートに限ってはシティ4本に対して、マドリーはゼロ。コーナーは5対2でシティ。カードは開始早々のもめごとで一枚ずつ。9分と31分のどちらのシーンでもカゼミーロが警告をもらわなかったのは狡猾だった。走行距離において6キロ超えが3人いるシティに対してマドリーはゼロ。中盤トリオ、カゼミーロ・クロース・モドリッチ対ロドリ・ベルナルドシウバ・デブルイネの平均走行距離は5.42キロ対6.12キロと、データからも中盤はシティに制圧されていた。

 

 後半、キックオフのプレーでアンチェロッティは秘策を用意していた。アンチェロッティの秘策といえば前政権時の2014年、1-2で敗れたクラシコで、ベンゼマのヒールアシストからクリスティアーノ・ロナウドの同点ゴールのシーンが思い浮かぶ。アンチェロッティは直接ゴールにつながるクリエイティブな奇策をアレンジできる。戦術理解度の高い選手たちはそれを完璧に実行する。完璧に実行しさえすれば、得点できる秘策をアンチェロッティはここぞの大一番で用意してきたのだ。

 キックオフからボールをカゼミーロまで下げると同時に、前五人が一斉に前線へスプリント。前方へロングキックをすると見せかけて、モドリッチが急にUターン。そのモドリッチに当てて落としたボールを、クロースが右サイド裏へ正確に蹴り込む。そこへは初めから走り込んでいたカルバハルが、ダイレクトでセンタリングを折り返すと、中にはベンゼマとヴィニシウスが。マークがベンゼマに食いつき、ファーでフリーになったヴィニシウスが合わせるも、左足のシュートは枠外へ。見事なプレーだった。決まっていれば最高に気持ちよく、ベルナベウの観衆の目に焼き付いていたことだろう。

 しかし、一点ビハインドのまま。勝負の後半が再開する。ジェズス、モドリッチが枠内シュートを一本ずつ放つなど、一進一退の攻防が続く。

 後半開始して少し経つとシティのキーマン・ウォーカーに疲れが見え始める。しかし、久しぶりの実戦復帰がこの大一番でいきなりの先発だったのだから本当に恐ろしいサイドバックなのは間違いない。55分、そのウォーカーの不用意な横パスミスからショートカウンターを仕掛ける。インターセプトしかカゼミーロがそのまま運びヴィニシウスにキーパスを差し込むも、あとわずかのところでカットされた。立て続けに56分ヴィニシウスがベンゼマとのパス交換でウォーカーの裏をとる。61分にはウォーカーは座り込んでダウンした。結局71分にジンチェンコと交代した。右サイドにカンセロ、左サイドにジンチェンコを並べた。ペップは右サイドの守備をよほど警戒していたのだろう、マフレズを呼び寄せて懸命に説明する。

 また、このタイミングでデブルイネに変えてギュンドアンを投入した。そして、この数分前にクロースを下げ、ロドリゴを投入していた。中盤にはクロースのところにフェデを下げた。

 この両指揮官の交代策がこののちに生まれる全スコアに影響することになる。

 直後の73分、モドリッチ・フェデ共に右サイドに寄りすぎてしまい、カゼミーロの左横がポッカリと。そこを見逃さなかったベルナルドシルバが走り込み、ギュンドアンがパスを通す。3対3になり、ジェズスの巧みなランニングと、ベルナルドシルバが相手を引き付けたタイミングの良いパスで、完璧なシュートシーンをマフレズに与えてしまった。ニアサイドを豪快に抜かれて先制点献上。合計3-5、残りアディショナルを含めても20分程度で二点差。絶体絶命になった。

 アンチェロッティはすかさず、カゼミーロ・モドリッチを下げ、カマビンガ・アセンシオを投入した。シティもジェズスをに代えてグリーリッシュを送り込む。

 しかし逃げ切り体制のシティにゴールチャンスやシュートシーンどころか、攻撃の糸口もつかめなくなってしまう。さすがに実力・完成度の差がありすぎた。シティにはかなわない。そう思ってしまった。

 しかし、しかしだ、85分からのプレーを経て希望を感じた。85分バイタルエリアで時間を得たカンセロがミドルシュート。これはクルトワが防ぐ。86分、明らかに切れてしまっているカルバハルがグリーリッシュを捨てて、ギュンドアンに寄せると裏を足られる。グリーリッシュがドリブルで運び、ミリトンも振り切り、シュート。クルトワの脇を通過してゴールに向かうも、左サイドからカバーに入ったマンディがライン上でクリア。フォーデンに当てながらもなんとか、幸運なことに防いだ。またまた86分、左サイドフリーで受けたグリーリッシュがキックフェイントでカルバハルをはがし、左足のシュート。これもクルトワが長い左足を伸ばし、かかとに当てて何とか、なんとか防いだ。

 

 

 決定機を与えながらもギリギリでしのぎ切る。DF陣の粘りは確かにあったものの何かの力に守られている気がした。驚異的な粘り、とどめを刺されかけながらも死なない生命力。このしぶとさを見た時、あるのではないか、と期待が頭の片隅にわずかに浮かんだ。。

 

 すると90分、途中出場カマビンガがベンゼマの裏に浮き球パス。何とかベンゼマが折り返すと、走り込んだロドリゴが流し込む。合計スコア4-5。6分のアディショナルタイムが表示された直後の91分、ミリトン・ナチョを上げてのパワープレー。クルトワのロングキックをヴィニシウスがカンセロに勝ち、左サイドからセンタリングまで持ち込む。右サイドに流れたボールを何とかカルバハルまで繋いで、クロス。そのクロスはアセンシオがわずかに触り軌道が変わった。そのボールに、ロドリゴがドンピシャで合わせた。エデルソンが見送ったボールはネットに突き刺さる、と同時に発狂した。ベルナベウからも大歓声が沸く。

 敵地でのファーストレグの開始2分から、実に179分ぶりのイーブンスコア。最後の最後のギリギリで追いついた。凄まじい底力、信じられない生命力、驚異的な魔法だ。

 その後も、立て続けにロドリゴが決定的なシュートまで持ち込むなど、完全に形勢逆転。僅か2分足らずの出来事だった。マドリーベンチが総立ちでテクニカルエリアに並んで試合を見届ける。

 


 94分シティがマドリー守備陣のスキをついてフリーキックのリスタートから決定機を作るもフォーデンのシュートは枠の上。ミリトンは足を痛めて気持ちだけで守っている。集中力も何もそんなものはない。そのミリトンがゆるんだスペースを途中出場の大ベテラン・フェルナンジーニョにつかれかけた。しかし、ついさっきまで完全に切らしていたカルバハルが、集中を切らしていなかった。カルバハルの寄せもあり、フォーデンは浮した。さすがのDF陣だったが、もうマドリーには何かが宿っている。

 延長戦までのテクニカルタイム、スタジアムにはベルナベウから大観衆のチャントが響き渡っていた。アシ・アシ・アシガナ・エルマドリー!

 

 勢いそのまま、延長93分。後方からのビルドアップでクルトワのパスを受けたカマビンガが右サイドから持ち運ぶ。ジンチェンコを引き付けて、右サイドロドリゴへ。ダイレクトでの折り返しを受けたベンゼマが先に触って、ルーベンディアスのファウル。PKを獲得した。大エース・ベンゼマが確実に沈め、ついに逆転。

 

 

 満身創痍のヴィニシウス、ミリトンを下げて、ルーカスバスケス、バジェホの投入などもあったが、そのまま逃げ切った。

 三度、ベルナベウで魔法がかかった。歴史・伝統以外のなにものでもない。ヨーロッパの王には不思議な底力が宿っている。欧州サッカー史に残る大激戦は、多くの人の記憶に残り、レアルマドリードというクラブの偉大さを知らしめた。

 ここまでのパリ、チェルシーマンチェスターシティとの激動のストーリーを締めくくるために、あと一つ。近年のヨーロッパの頂点に君臨する強大なチームを倒して、14度目の欧州制覇を成し遂げなければならない。

 

 

写真はレアルマドリード公式HP

 


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